アスレチックス・日本人・歴代
オークランド・アスレチックスの歴代日本人選手
オークランド・アスレチックスは、これまでに5人の日本人選手が在籍したメジャーリーグ球団の1つです。本記事では、それぞれの歴代日本人選手の在籍期間や活躍について詳しくご紹介します。
1. 藪 恵壹(やぶ けいじ)
- ✨在籍年度: 2005年
- ⚾背番号: 13
- ⚔️ポジション: 投手
藪恵壹投手は、阪神タイガースからFAでメジャーリーグに挑戦し、2005年にアスレチックスに入団しました。主にリリーフとして起用され、シーズンを通じて安定した投球を披露しました。特に中継ぎとして重要な場面で登板し、経験豊富なプレーでチームを支えました。
2. 岩村 明憲(いわむら あきのり)
- ✨在籍年度: 2010年
- ⚾背番号: 1
- ⚖️ポジション: 内野手
岩村明憲選手は、タンパベイ・レイズやピッツバーグ・パイレーツを経て、2010年にアスレチックスに移籍しました。内野のユーティリティプレイヤーとして活躍しましたが、在籍期間は短期間にとどまりました。それでも、堅実な守備と経験豊富なプレーでチームに貢献しました。
3. 松井 秀喜(まつい ひでき)
- ✨在籍年度: 2011年
- ⚾背番号: 55
- ⚔️ポジション: 外野手/指名打者
松井秀喜選手は、ニューヨーク・ヤンキースやロサンゼルス・エンゼルスでの活躍を経て、2011年にアスレチックスに加入しました。主に指名打者として出場し、シーズンを通じてチームの中軸を担いました。彼の強打力はチームにとって貴重であり、ファンからも高い支持を受けました。
4. 岡島 秀樹(おかじま ひでき)
- ✨在籍年度: 2013年
- ⚾背番号: 39
- ⚔️ポジション: 投手
岡島秀樹投手は、ボストン・レッドソックスでの成功を収めた後、2013年にアスレチックスと契約しました。リリーフ投手として期待されましたが、メジャーでの登板機会は限られていました。それでも、彼の経験は若手投手陣にとって貴重な助けとなりました。
5. 藤浪 晋太郎(ふじなみ しんたろう)
- ✨在籍年度: 2023年
- ⚾背番号: 11
- ⚔️ポジション: 投手
藤浪晋太郎投手は、阪神タイガースからポスティングシステムを利用して、2023年にアスレチックスに移籍しました。先発投手として期待されましたが、シーズン途中でボルチモア・オリオールズに移籍しました。アスレチックスでの短い在籍期間にもかかわらず、彼の挑戦は多くの日本人ファンに感動を与えました。
オークランド・アスレチックスでプレーした日本人選手たちは、それぞれの時代でチームにさまざまな形で貢献してきました。短い在籍期間の選手もいましたが、彼らの挑戦や努力は、メジャーリーグでの日本人選手の存在感を高める一助となっています。今後もアスレチックスで活躍する日本人選手が現れることを期待しましょう。
アスレチックに関するおもしろいトリビア
1. 球団名の由来
- アスレチックス(Athletics)の名前は、1860年代の「アスレティック・ベースボールクラブ・オブ・フィラデルフィア」に由来します。この名前は、チームのルーツがフィラデルフィアにあることを示しています。最初期の野球チームの1つであり、長い歴史を持つ伝統的な名前です。
2. マスコット「スティンピー・エレファント」
- アスレチックスの象徴である象のマスコット「スタンピー(Stomper)」は、実はチームの歴史に基づいたものです。1902年、ニューヨーク・ジャイアンツのオーナーが「アスレチックスはホワイトエレファント(不良資産)だ」と揶揄したことに対抗して、象をシンボルとして採用しました。
3. 「お金ボール」の先駆者
- アスレチックスは「マネー・ボール」の戦略で有名です。この戦略は、資金力で劣るチームが統計データを駆使して効率的に戦力を構築する方法で、2002年には20連勝という当時のアメリカンリーグ記録を達成しました。このストーリーは映画『マネーボール』でも描かれています。
4. 異例のユニフォームカラー
- アスレチックスはMLBでは珍しい「緑」と「金色」をチームカラーとして使用しています。これらの色は1963年にオーナーのチャーリー・フィンリーによって採用され、以降チームの象徴的なカラーとなりました。
5. MLB最多のワールドシリーズ制覇地の変遷
- アスレチックスは、フィラデルフィア(1901-1954年)、カンザスシティ(1955-1967年)、オークランド(1968年以降)と本拠地を移動してきました。それぞれの都市で成功を収めており、9回のワールドシリーズ優勝はその証です。
6. 「キャットフィッシュ・ハンター」の異名
- レジェンド投手ジム・ハンターは、「キャットフィッシュ(ナマズ)」という異名を持ちます。これはオーナーのフィンリーが、ハンターの知名度を高めるために作り上げたエピソードに由来していますが、現在も愛されるあだ名です。
7. アスレチックスと「隠し球」
- アスレチックスはMLB史上、隠し球プレーを成功させた数がトップクラスです。このトリックプレーは、相手ランナーを油断させてアウトにする戦術で、試合を盛り上げる要素の1つです。
8. 日本人初のアスレチックス所属選手は藪恵壹
- アスレチックスの歴史で初めて日本人選手が所属したのは、2005年の藪恵壹投手です。それまで日本人選手の在籍がなかったチームに、新たな歴史を作りました。
9. 岩村明憲の短い在籍期間
- 岩村明憲選手は、2010年にアスレチックスに在籍しましたが、わずか27試合のみの出場にとどまりました。そのため、アスレチックスファンの中でも記憶に残っている人は少ないかもしれません。