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なぜ吉原遊郭では「ありんす言葉」を使うのか

なぜ吉原遊郭ではありんす言葉を使うのか

吉原遊郭で遊女達が使ったありんす言葉

江戸時代から明治時代にかけて、日本の遊郭では遊女たちが特有の話し方を用いていました。その代表的なものが吉原遊郭の「ありんす言葉」です。「ありんす」とは「あります」の変化形であり、独特な語尾や表現が特徴です。本記事では、なぜ吉原遊郭でこのような言葉が使われたのか、その背景や目的を詳しく解説します。


1. ありんす言葉とは?

ありんす言葉とは、吉原遊郭の遊女たちが用いた特徴的な言葉遣いで、「~ありんす」「~ござりんす」「~しんす」などの語尾を伴う話し方です。

例:

  • 「どういたしんす?」(どうしましたか?)
  • 「お待ちくださりんせ」(お待ちください)
  • 「よろしゅうござりんす」(よろしいですね)

この言葉遣いは主に吉原遊郭などで使用されていましたが、他の遊郭でも類似の言葉が存在しました。


2. ありんす言葉が生まれた理由

① 吉原遊郭独自の文化を作るため

吉原遊郭は一般社会とは異なる特別な世界であり、その中で働く遊女たちは独自の文化を持つ必要がありました。ありんす言葉は、遊郭という閉ざされた空間の中で育まれた一種の符号であり、遊女が「特別な存在」であることを示す役割を果たしました。

② 客との距離を作るため

遊女たちは、客に対して親しげでありながらも一定の距離を保つ必要がありました。普通の言葉遣いを使うと、客との関係が単なる男女の関係に近づきすぎてしまう可能性があります。しかし、ありんす言葉を使うことで「遊郭の中だけの特別な会話」を演出し、客との関係に非日常性を持たせることができました。

③ 言葉による「格式」の演出

遊郭、とくに吉原などの大規模な遊郭は単なる娯楽の場ではなく、一種の社交場でもありました。そこでは「高級感」や「雅(みやび)」が求められ、遊女たちはただの女性ではなく、教養を持った存在であることを示さなければなりません。ありんす言葉は、通常の話し方とは異なる「格式ある言葉」として機能し、遊女たちの品格を演出する役割も担っていました。

④ 言葉を変えることで「自我」を守る

遊女たちは幼いころから遊郭に売られ、厳しい環境の中で生きていました。彼女たちにとって、自分の本当の感情を隠し、役割を演じることは必要不可欠でした。ありんす言葉は「仕事のための言葉」であり、それを使うことで「本来の自分」と「遊女としての自分」を切り離す心理的なバリアとして機能していたと考えられます。

⑤ 方言を隠し、出身地を特定させないため

遊女たちの多くは東北地方の農村などの出身であり、それぞれの地域の方言(お国言葉)の訛りが強かったため、そのまま話すと客が興ざめしてしまうことがありました。特に、洗練された雰囲気を求める吉原のような遊郭では、方言がその場にそぐわないと考えられることもあったでしょう。

また、方言を使うと出身地が特定されやすく、遊女たちのプライバシー(江戸時代にプライバシーと言う言葉や概念はなかったですが)や身元を隠すのが難しくなります。遊女たちは元の生活を捨て、新しい名前で生きていたため、ありんす言葉のような統一された言葉を使うことで、出身地をぼかし、遊郭の世界の一員としての役割を演じやすくしていたのです。

⑥ 他の地域の出身者同士でも共通の言葉として使えた

遊郭には全国各地から遊女として売られてくる女性が多く、彼女たちはそれぞれ異なる方言を持っていました。ありんす言葉は、そうした方言の違いを埋める共通言語としても機能しました。これにより、全国各地から集められた遊女たちの間で統一された言葉遣いが生まれ、遊郭内の一体感が醸成されたのです。


3. ありんす言葉の衰退とその影響

明治時代以降、遊郭文化が次第に衰退するとともに、ありんす言葉も廃れていきました。特に、昭和33年(1958年)に売春防止法が施行され、遊郭が正式に廃止されたことで、この言葉は実際の会話としてはほぼ使われなくなりました。

しかし、現代においても、時代劇や小説、漫画、映画などの作品の中で「遊郭の言葉」として登場することがあります。そのため、ありんす言葉は日本の歴史や文化の一部として、今なお人々に知られています。

4.他の地域の遊郭でも似た言葉が使われた

吉原以外の遊郭でも、遊女たちは独特の言葉遣いをしていましたが、その地域ごとに異なる特徴がありました

京都・島原遊郭

京都の島原遊郭では、「ありんす言葉」とは異なる言葉遣いが見られました。島原の遊女たちは京言葉の影響を受け、より優雅で丁寧な表現を使っていました。例えば、「~どす」や「~おす」など、京言葉に似た語尾が特徴的でした。

大阪・新町遊郭

大阪の新町遊郭でも、吉原のような「ありんす言葉」は使われず、上方の言葉遣いが主流でした。「~やす」「~しまひんか」などの語尾を使い、大阪独特の柔らかいイントネーションが特徴でした。

長崎・丸山遊郭

長崎の丸山遊郭では、中国語やオランダ語の影響を受けた独特の言葉遣いがありました。また、長崎の方言が混じることもあり、「ありんす言葉」とは異なる遊女言葉が発展しました。

なぜ地域ごとに違いがあったのか?

遊郭は「町」のようなもので、それぞれが独立した文化を形成していました。言葉遣いもその土地の文化や歴史、客層に影響を受けて変化していたのです。

  • 吉原遊郭:格式を重んじるため、特別な言葉(ありんす言葉)が発展した
  • 京都・島原遊郭:京言葉に近い優雅な話し方が主流
  • 大阪・新町遊郭:大阪弁をベースにした親しみやすい言葉遣い
  • 長崎・丸山遊郭:異国文化の影響を受けた独特な言葉遣い

吉原遊郭独特のと言葉遣いの他の例

吉原遊郭には、遊女や関係者が使う独特の言葉遣い(廓詞(くるわことば))がありました。ここでは、「おさらばえ」と同じように、遊郭特有の言い回しをいくつか紹介します。


挨拶・別れの言葉

言葉 意味
おいでなすって いらっしゃいませ(「おいでなさいませ」が変化)
おこしやすえ いらっしゃいませ(京風の「おこしやす」+「え」)
またきてくんなんし またお越しくださいませ(「くんなんし」は「ください」)
おやすみなされまし おやすみなさいませ
おさらばえ さようなら(お別れの挨拶)

おもてなしの言葉

言葉 意味
~ありんす ~でございます(遊女の丁寧語、例:「そうありんす」=「そうです」)
ごめんあそばせ 失礼いたします(一般的な言葉にもなったが、遊郭でも使用)
お手をお引きなされまし 手をお取りください(遊女が客を案内するとき)
お煙草お召しなされ たばこを吸われますか?(客に勧める際の言葉)

遊郭ならではの表現

言葉 意味
馴染みになる 常連客になる(遊女と特別な関係を持つ)
水揚げ 遊女が初めて正式に客を取ること(転じて芸能界などでも使われる)
馴染み客 遊女の常連客
太夫(たゆう) 遊郭の最高位の遊女
花魁(おいらん) 高位の遊女(太夫が廃止された後に使われた)
惚れ証文 客が遊女に本気で惚れていることを示す証文

まとめ

吉原遊郭の遊女たちは「ありんす言葉」と呼ばれる独特な話し方を用いた

この言葉は、遊郭の文化を形成し、客との距離を保つために使われた

格式を演出し、遊女としての役割を果たすための手段でもあった

全国から集められた遊女たちの共通言語としての役割も果たした

明治以降の遊郭文化の衰退とともに、ありんす言葉も使われなくなった

ありんす言葉は、遊郭という特殊な世界を支える重要な要素の一つでした。それは単なる話し方ではなく、遊女たちが生きるための「言葉の鎧」としての機能も果たしていたのです。

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