大名跡（だいみょうせき）とは

February 27, 2025 江戸時代

大名跡（だいみょうせき）とは

歌舞伎から遊郭まで――『大名跡』とは何か？『べらぼう』で話題の言葉を解説

『大名跡』の基本的な意味とは？

「大名跡（だいみょうせき）」とは、もともと名門の家系や由緒ある名前を受け継ぐことを指す言葉です。「名跡（みょうせき）」だけでも「代々受け継がれてきた名前や地位」という意味がありますが、そこに「大」が付くことで特に格式の高い伝統ある名跡を表します。歴史的には武家社会で大名家の家名を継ぐ場合にも使われ、たとえば徳川家や島津家など大名家の跡目相続を「大名跡を継ぐ」と言うこともありました。つまり「大名跡」とは**「由緒正しい大きな名前（看板）を受け継ぐこと」**なのです。

歌舞伎の世界における『大名跡』と代表的な例

多くの歌舞伎劇場（写真は東京・歌舞伎座）では、顔見世興行などで歴代の大名跡を襲名した役者の名が大きく掲示され、観客に披露されます。歌舞伎の世界では、俳優が代々「○○○」という舞台の名を受け継いでいく伝統があります。襲名と呼ばれるこの習わしによって、先代から受け継いだ芸を磨き上げ、代々伝統を守っていくのです。中でも**「市川團十郎（いちかわだんじゅうろう）」の名は歌舞伎界でも屈指の大名跡として知られています。初代は江戸時代に荒事（あらごと）芸を大成した大スターで、現代まで十二代（※現在十三代目が襲名）続くこの名前は、江戸歌舞伎の象徴ともいえる存在です。代々の當主が名優ぞろいであったことから、市川團十郎は江戸歌舞伎界屈指の名跡とまで称されています。また、「尾上菊五郎（おのえきくごろう）」も歌舞伎の大名跡の一つです。明治から昭和に活躍した七代目や現役の七代目（二代続けて人間国宝）が有名で、代々受け継がれる芸風と格式によって観客から厚い信頼を得てきました。これらの大名跡を継ぐことは俳優にとって大変な名誉であり、襲名披露は毎回大きなニュースになります。もっとも、その名に恥じない実力と努力**が求められるのは言うまでもありません。

遊郭文化における『大名跡』の位置づけと意味

江戸時代の遊郭でも、「大名跡」という言葉が使われました。とくに格式の高い花魁（おいらん）などの源氏名（げんじな：遊女が名乗る雅名）が代々受け継がれる場合に「大名跡」と呼ばれたのです。遊郭では人気花魁の名前は店の「看板」そのもの。そこで、一代限りで終わらせず後継の花魁にその名を襲名させることが行われました。たとえば、かつて花形だった伝説の花魁が「○○」という名であれば、その名声は店のブランドとなります。後継の若い花魁が同じ「○○」の名を受け継げば、その名前はブランドネームとして長く生き続けるわけです。これは歌舞伎の名跡制度によく似ていますね。実際、店側も一度売れた名前を維持するために意図的に同じ源氏名を使い続けることがありました。お馴染みの名前が看板に残っていれば、お客も「また○○に会いたい」と通い続けてくれます。こうして遊郭では人気商売の永続性を高める工夫がなされていたのです。

もっとも、遊郭で大名跡を継げるのは誰でもいいわけではありません。由緒ある名前を継ぐには、それ相応の美貌・教養・品格を備えた女性でなければ許されず、厳しい選抜がありました。一流の店の看板名を背負うプレッシャーも並大抵ではなく、名前負けしないだけの努力が求められます。こうした背景から、大名跡を継ぐこと自体が名誉でありつつ、一人前と認められるまでは大変な苦労が伴ったのです。また、大名跡の花魁には特権としてお客を選ぶ権利が与えられることもありました。格式ある名前に相応しい限られた高位の客だけを相手にする、といった扱いを受けることもあったようです。

大河ドラマ『べらぼう』における『大名跡』の使われ方

NHK大河ドラマ『べらぼう』（2025年放送）でも、この**「大名跡」という言葉が重要なシーンで登場します。物語の舞台は江戸時代後期、吉原遊郭と出版文化がテーマになっています。第7回のエピソードで、吉原の名店・松葉屋の遊女である花の井（はなのい）が、とある決意を示す場面があります。彼女は、しばらく途絶えていた伝説の遊女の名跡「瀬川」を五代目として自分が継ぐと宣言するのです。瀬川という名前は吉原で知らぬ者のない大名跡でしたが、前代の四代目・瀬川が不幸にも自害して以来、「不吉な名跡」として誰も継ぐ者がいませんでした。しかし、花の井は親友でもある版元・蔦重（つたじゅう：横浜流星さんが演じる主人公）を助けるため、この呪われた名跡をあえて引き受けます。

花の井が**「瀬川」を襲名した理由は、蔦重が手掛ける吉原案内記「細見（さいけん）」の販促策でした。伝説の遊女・瀬川の名跡が復活**すれば大評判になるに違いない、と考えたからです。実際、劇中でも「大名跡が復活した時の細見は飛ぶように売れる」と語られています。このシーンは、大名跡という看板の持つ影響力をドラマティックに描いたものと言えるでしょう。かつて名を馳せた花魁の名前が蘇るとなれば、誰もが「どんな美女だろう」「先代と比べてどうだろう」と興味を惹かれますよね。花の井の決断は、吉原中の話題をさらい、蔦重の出版計画にも大きな追い風となりました。

同時にドラマは、名跡を継ぐことの覚悟も描きます。前代・瀬川の悲劇的な最期を知る周囲は、花の井の身を案じました。江戸の人々は**「名前を継ぐと運命も引き継ぐ」という言い伝えを信じていたため、不吉な名跡を背負う花の井に不安の声も上がります。それでもなお「瀬川」を名乗った花の井の姿は、「男勝り」というか豪胆で、周囲の尊敬を集めました。このように『べらぼう』の一場面は、遊郭の大名跡が持つ栄光と陰影**をわかりやすく映し出しています。

おわりに：名前に宿る伝統と重み

「大名跡」とは単なる名前ではなく、長い歴史と伝統、そこに生きた人々の思いが宿った特別な「看板」です。歌舞伎の世界で受け継がれる大名跡も、遊郭で語り継がれる大名跡も、その名に相応しい輝きと責任を次の世代に託していくものです。大河ドラマ『べらぼう』をきっかけに、この言葉の背景にある文化や物語に興味を持った方は、ぜひ歌舞伎の襲名披露や吉原の歴史にも触れてみてください。きっと「名前」の持つ不思議な力に、改めて驚かされることでしょう。

まとめ：