SNS上では「STAP細胞はアメリカで特許化された」「ハーバード大学が特許を持っている」という投稿が再び拡散され、大きな関心を集めています。しかし、これらの情報には大きな誤解があります。本記事では、その背景や誤解が生じた理由を、より詳しく掘り下げて解説します。
STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)は、2014年に理化学研究所の小保方晴子氏らが発表した細胞です。弱い酸性の刺激を与えることで、体細胞が多能性を獲得し、さまざまな細胞に分化できるとされ、再生医療に革命を起こす可能性があると世界的に注目を集めました。
当時はマスコミも大きく取り上げ、小保方氏の存在は日本だけでなく海外でも大きな話題となりました。しかしその後、発表された論文の画像に不自然な類似や加工が発見され、理研や外部機関による調査が行われました。複数の研究者による再現実験も試みられましたが、成功例は一つも報告されず、論文は撤回されました。結果的に、STAP細胞の存在は科学的に証明されていないという結論に至りました。
2024年4月、米国特許番号US11,963,977B2が成立しました。この特許はCharles Vacanti博士らが出願したもので、ATPなどのストレス因子を用いて細胞を多能性に誘導する方法に関する技術が記載されています。重要なのは、この技術が小保方氏が提唱した酸処理によるSTAP細胞の作製手法とは異なる点です。
Vacanti博士らは、細胞にストレスを与えることで初期化を促し、再び多能性を得させる可能性を模索してきました。特許の出願日は2013年4月であり、小保方氏のSTAP論文が発表されるよりも前に出願されていることから、そもそも研究の起源や背景が異なります。
さらに注目すべきは、この特許権が現在、ハーバード大学ではなくVcell Therapeutics Inc.に移転しているという点です。Google PatentsやUSPTO(米国特許商標庁)の情報でも、現アサイニーとしてVcell Therapeutics Inc.の名前が確認できます。つまり「ハーバード大学がSTAP細胞を特許化した」という表現は事実とは異なります。
SNS上では、以下のような投稿が目立ちます:
「スタップ細胞は、やっぱりあった!」 「アメリカで特許が取られた=STAP細胞の存在が認められた証拠」 「日本が開発した技術をアメリカが奪った」
しかし、これらは正しくありません。特許が成立するのは、発明が新規であり、非自明で、産業上の利用が可能であるという条件を満たす場合です。しかし、科学的にその技術が確立しているか、再現可能であるかどうかまでは特許の審査対象になりません。
つまり、特許の存在自体がSTAP細胞の実在を証明するものではないのです。SNSで広まる短い言葉だけの情報は、しばしば誤解を生む原因となります。
Charles Vacanti博士は、ハーバード大学の麻酔科医として知られ、再生医療や組織工学の分野で数多くの研究を手掛けてきました。小保方氏がハーバードに在籍していた際、Vacanti氏は彼女の指導者の一人でした。Vacanti博士は長年、物理的・化学的ストレスが細胞を原初的状態に戻す可能性に強い関心を持ち続けており、STAP細胞の理論の根底にはこの仮説があります。
しかし、STAP細胞が科学的に再現されず、存在が否定された後も、Vacanti博士は細胞初期化の可能性を別の角度から探求し続けていました。今回の特許は、そうした研究の延長線上にあるものであり、STAP細胞と直接イコールではありません。
以下の表に誤解と事実を整理します:
よくある誤解 | 実際の事実 |
---|---|
STAP細胞がアメリカで認められた | STAP細胞とは別の技術の特許が成立しただけ |
特許がある=存在が証明された | 特許は存在の証明ではなく、技術的アイデアの保護に過ぎない |
ハーバード大学が特許を保有している | 現在の特許権者はVcell Therapeutics Inc. |
SNSで見かける情報をそのまま鵜呑みにせず、元情報や特許明細書をきちんと確認することが非常に重要です。特許はあくまでアイデアの保護であり、それが科学的に実証されているわけではありません。
誤解の拡散は、研究者や技術開発に関わる人々の努力を無駄にしかねません。科学技術の発展を正しく理解するためにも、冷静で客観的な姿勢を持つことが求められます。
特許や科学の話題は非常に専門性が高く、SNSで拡散される情報の中には断片的で誤解を招くものが少なくありません。私たちは、特許の意味と科学的事実を混同せず、常に一次情報に基づいて正確な理解を深める姿勢が必要です。
未来の科学技術を支えるためにも、正しい知識と情報リテラシーを磨いていきましょう。