ピーター・ナバロ(Peter Navarro)氏は、ドナルド・トランプ前大統領の最側近として、経済政策・通商政策に大きな影響を与えた人物です。中国に対して極めて強硬な立場を取り続け、数々の政策を後押ししてきたことで知られます。
この記事では、そんなナバロ上級顧問の経歴を時系列で丁寧に解説し、どのようにして“トランプ政権の経済ブレーン”にまで上り詰めたのかを明らかにしていきます。
1949年7月15日:マサチューセッツ州ケンブリッジで生まれる。父はサクラメント交響楽団のクラリネット奏者、母は秘書。両親は彼が10歳のときに離婚。
幼少期から貧困に苦しみながらも、学問への道を歩む。
1972年:タフツ大学を卒業(学士号取得)。
1978年:ハーバード大学ケネディ行政大学院にて経済学の博士号(Ph.D.)を取得。指導教授はリチャード・E・クラウダー。博士論文は「エネルギー・環境・経済」に関する内容。
1980年代〜2010年代初頭:カリフォルニア大学アーバイン校(UC Irvine)で経済学教授を務める。講義の分かりやすさに定評があり、学生からの人気も高かった。
同時に、多くの経済に関する著書を執筆。特に中国に関する著書が注目されるようになる。
📚 主な著書:
『The Coming China Wars(2006年)』
→ 「中国との経済・軍事的衝突は避けられない」と警鐘を鳴らした衝撃作。
『Death by China(2011年)』
→ アメリカの製造業が中国との不公正な貿易によって壊滅的被害を受けていると主張。後にドキュメンタリー映画化。
『Crouching Tiger(2015年)』
→ 中国の軍事的拡張に焦点を当て、「次の覇権戦争」の危機を論じた。
📝 ナバロ氏の本は、いずれも「中国脅威論」に貫かれており、この時点からすでに“トランプ政権で活躍する素地”ができていたとも言えます。
1990年代〜2000年代:カリフォルニア州で複数回、公職選挙に出馬(サンディエゴ市長選や下院議員選など)するも、すべて落選。
📌 一時は民主党支持者であったが、次第に保守的な経済観にシフトし、特に対中政策に関しては共和党のタカ派と一致。
2016年:ドナルド・トランプ氏の大統領選キャンペーンに参加。ナバロ氏の著書『Death by China』がトランプ氏の目に留まり、経済政策の助言者として採用される。
📌 ナバロ氏は当初、ワシントンでは「学者上がりで現実感がない」と見られていたが、トランプ氏は彼の過激な論調を“武器”として評価。
2017年1月:トランプ政権発足と同時に、ホワイトハウス内に新設された「国家通商会議(Office of Trade and Manufacturing Policy)」の初代ディレクターに就任。
🎯 主な役割:
対中関税の設計と理論的根拠の提示
製造業の国内回帰(リショアリング)政策の推進
通商赤字の是正、米国ファースト政策の理論構築
2020年:新型コロナウイルスの世界的流行を受け、ナバロ氏は“国家緊急製造局”のような役割を担い始める。
医療用マスク、人工呼吸器、医薬品の国内製造推進を強く訴え、PPE(個人用防護具)の確保に尽力。
📌 一部の医療専門家と衝突する場面も多く、特にアンソニー・ファウチ博士とは「ヒドロキシクロロキン」などを巡って対立。
2021年1月:バイデン大統領就任に伴い、政権を離れる。
2022年6月:2021年1月6日の議会議事堂襲撃事件に関連し、下院特別委員会からの召喚命令に従わなかったため、「議会侮辱罪」で起訴される。
2024年1月:有罪判決を受け、収監(4か月の実刑判決)。本人は「バイデン政権による政治的迫害」と主張。
ピーター・ナバロ氏の存在は、トランプ政権の「米国第一主義(America First)」政策を形にするうえで欠かせないものでした。
また、「グローバル経済がいかに国家の主権や産業基盤を脅かすか」という議論を、学術界の外に持ち出した功績も評価されています。
しかし一方で、
学術的根拠が薄い主張
経済学者からの批判
政治的中立性への疑問
といった否定的評価も少なくありません。
ナバロ上級顧問は、アカデミックな知識を持ちながら、政治の世界で異端として浮き沈みを繰り返してきました。その歩みからは、「経済学とナショナリズムが交差するとき、政治はどう変わるか」という大きな問いが浮かび上がります。
今後もアメリカ政治において、ナバロ氏のような存在が再び注目される可能性は十分あります。特に、保護主義や“国家主導の産業政策”が再評価される今、その主張が再び注目を浴びる日も遠くないかもしれません。